へんななまえ

ところがそうなると、先述したような「見る人が見れば失笑しかねない間違い」が、頻出するわけで。
例えば今の韓国には李さんや金さんはいても、欧陽さんや江藤さんはそうそういない。また、メイソンというキャラクターがいたとして、彼がアラビア語にもイスラム教にも縁がないのにアラブ人とみなされている、などということはめったにないでしょう。その事実だけで、短編一本できそうです。
もっともこのへんは、欧州各国ではかなりあいまいです。
たとえば、欧州の王侯貴族は互いに結婚で結びつき、ドイツ系のハプスブルク=ロートリンゲン家ザクセン=コブルク=ゴータ家は今でも影響力を残しています。ナポレオン戦争ではフランス側にポーランド系のポニャトフスキ、ロシア側にスコットランド系のバルクライ・ド・トーリがおり、両者ともに今に知られる名将として有名です。極端なところでは、モンゴル帝国の欧州遠征軍にイングランド貴族がいたという話もあります。
まあしかし、各国の言葉に合わせて人名が変わることも事実。カールもシャルルもチャールズも、同一人物だったりしますから。
それはさておき、ここの勘案を間違えると、ありえない名前が頻発することに。
わかりやすく日本人名でいくと、たとえば、第二次大戦で枢軸側が勝った架空の世界を描くフィリップ・K・ディックのSF「高い城の男」は、めずらしい名前の日本人が続々登場します。
冒頭から登場する田上信輔氏や梶浦夫妻については、ネーミングに誰も文句を言わないでしょうが、中盤から手崎将軍という人物が出現。
田崎の書き間違いではないかと思うのですが、とにかく彼は手崎将軍、またの名を矢田部信次郎。常識的に考えて、この別名もしくは偽名はとても説得力があると思います。手崎よりはそれっぽいし。
もっとも、この手のまちがいは誰かが別の国のことを描く時に必ずやると思うので、ちょっとした香辛料だと思うべきなのでしょう。
田上氏の秘書の片町君とか、府馬五十雄少佐、春沢提督などは珍しくはあるものの実在する苗字のようですし、先の梶浦夫妻がポールとベティ(エリザベス)と名乗っているのも、コンプレックスの表れ(作中では、日本人一般はアメリカを屈服させた後も、なにかとアメリカの文物を求めたがっています)なのでしょう。
しかし、日本の駐米大使、和訳では鎌倉男爵となっていますが、これは原文ではBaron Kaelemakuleなんだとか。
これが、「間違い」というやつです。
最近の例でいくと、スペンサーのこれもSF「ティンカー」があります。
中国が開発した空間転移装置のせいで、科学技術がおそろしく発達したエルフの住む世界と地球の往復を繰り返すことになった、ピッツバーグが舞台。ここに遠い国の伝説以上のものではないはずの赤鬼や天狗が出没し、エルフたちが恐慌状態に陥ります。
上の文で分かるように、日本的要素は悪役というセオリーにのっとっていますが、ここでもなんちゃって日本名がちょくちょく登場しています。
もっとも、あのスペンサーが日本人名についてよく知らないわけはありませんので、たぶんファンタジー風味を出すためにわざとひねって名づけたのでしょう。鬼たちの現地指揮官で、長身痩躯でこけた頬と尖った顎、金色の猫目が特徴という加藤保憲Wiki)の劣化コピーのようなラスボスLord Tomawaritomo(トマワリトモ卿)、略してトムトム卿などは、分かっててやってるとしか思えません。
そういえば、アルゼンチンのコミックを日本とカナダが共同でアニメ化した「サイバーシックス」には、ヤシモトという名前で日本人風な顔立ちの探偵が登場しましたが、あれどんな字をあてるんだろう。
そんなわけで、キャラクターの名前からもいろいろ分かりますよ、という話でした。
しかしここまでだらだら書いてくると、出自や故郷と明らかに違う形の名前を持った主人公が、白眼視されつつ出生の秘密を解き明かしたりする小説があってもいいような気がします。
それとも、もうあるのか。