仮想にもほどがある

皆様、児童文学を馬鹿にしちゃいけませんぜ。
日本の「守り人シリーズ」は例外かもしれませんが、外国の児童文学には大人も対象にはいる凄いのが多い。
例えば、誰でも知ってるローリングの「ハリー・ポッターシリーズ」をはじめとして、新しくはパオリーニの「エラゴンorドラゴンライダーシリーズ」、古いところではトールキンの「指輪物語」からルイスの「ナルニア国ものがたり」、エンデの「モモ」や「はてしない物語」あたりが有名でしょう。
しかし、最後に挙げたミヒャエル・エンデの直弟子ラルフ・イーザウがヤバいと気づいたのは、数年前のことです。
「ネシャン・サーガ」。
むせかえるほどのハイ・ファンタジーで、地図上の北東から南西に主人公が旅をするあたりも架空世界ファンタジーの王道(今考えると「はてしない物語」的展開満載)なのですが、いやいや面白い。
特に、中ボスなのに最後まで活躍するゼトアがツボでした。
あの三部作を横浜有隣堂で立ち読みコンプリートした元気は、今の私にはないのですが。
で、そのイーザウで次に読んだのが「盗まれた記憶の博物館」。
冒頭から、警察が捜索している父親のことを、肝心の主人公たちがきれいさっぱり忘れてしまったという、飛ばしまくってる展開でした。
他にもヨーロッパの各種神話と史実の小ネタが随所に織り込まれて、あのとき今ほどの知識があればもっとニヤニヤできただろうと痛感しています。現実世界における「記憶の風化」という真剣な問題が、かなりクローズアップされていましたが。
さて、「秘曲笑傲江湖」を返した分で、そのイーザウの本を借りてきました。

暁の円卓〈1〉目覚めの歳月

暁の円卓〈1〉目覚めの歳月

「暁の円卓」。
これ、まず長いです。「はてしない物語」とか目じゃない。
なにしろ原作では四巻だったのに、日本語版では九巻に分けられ、それでも一巻400ページというボリューム。もちろん子供用に字がデカいというのが大きな理由なのですが、それでも腕が疲れます。
さて、この「暁の円卓」では、なんと日本がクローズアップされます。
以下、一巻のストーリー紹介。

熱病の流行に苦しむタンブリッジウェルズからの脱出を考えていた浮浪少年は、ある日黒衣の人物に声をかけられる。主ベリアル卿が宴を開くので、幽霊屋敷と噂される丘の上の洋館に、臨時の給仕がいるというのだ。
フローリン銀貨につられて奉公に行った彼は、そこで<暁の円卓>なる秘密結社の“人類浄化計画”をぶちあげるベリアル卿を目撃する。気づいた卿から逃げ回り、指輪をひとつ盗んで、彼は炎上する洋館から一目散に逃げ出した──。


イギリス人デービッド・キャムデンは、一九〇〇年一月一日に東京で誕生した。
日付が日付のうえ白髪を生まれ持ったため、彼は雇いの日本人たちから「世紀の子」と呼ばれ、陰の力を打破する救世主ということにされる。敬虔なキリスト教徒の母マギーは反発するが、駐日書記官の父ジェフリーは笑って済ませるだけだった。
ジェフリーは貴族にはめずらしく、平民や現地人とも気さくに会話する人間だったが、自らを「ジェフ」と呼ばれることを病的に嫌い、また各国の要人に対するテロや暗殺の報を聞くたびに塞ぎこむ、奇妙な癖を持っていた。


さて、一年後に誕生した裕仁親王とデービッドは、それぞれ英国と日本のマスコット的な扱いを受けていたが、あるとき劇的な出会いをすることになる。

一九〇六年、日露戦争の勝利を祝うためにイギリスが東郷平八郎元帥にメリット勲章、明治天皇ガーター勲章を授与することになり、それに伴ってイギリス王弟コノート公アーサーが来日した。
なにしろ一国の皇帝、しかも北の大熊ロシアを破った英雄たちを従える君主に勲章を授けるのだから、相応の人間が式を執らねば無礼にあたるわけで、逆に言えばその“相応の人物”に見合った出迎えをしない場合、日本側も礼儀知らずということになる。相手が天下の大英帝国王族ならなおさらだ。
というわけで、特別列車の到着する新橋駅には、天皇ご自身を含む皇族たちが待ち受けていたのである。
ジョフリー以下キャムデン一家もその場にいたが、そこでの主役はデービッドだった。彼は東京府の大地を踏んだコノート公に花束を渡す役目を仰せつかっていた。
ところが、デービッドは列車を待ち受けている間に、青のゴム鞠を皇太孫の目の前で落としてしまう。思わぬハプニングであったが、デービッドはそれを親王殿下に献上、しかも鞠の色を金に変えてみせるという離れ業をやってのけた。


それから宮内省を引っかき回した末、デービッドと裕仁親王は、その後伊藤博文の又甥である伊藤義治(ジョフリーと義治の父・幸雄は仲が良く、また義治は親王学習院の同級生だった)を通じて文通をするようになる。異例どころではないが、彼は日本で幸せな子供時代を送っていた。
黒衣の集団に、襲われるまでは。


デービッドに課せられた使命と運命は。<暁の円卓>の陰謀とは。
”世紀の子”の苦難の百年は、始まったばかりだ。

はい。なんかわざとらしく終わりましたね、すみません。
それと、最初に申し述べておきますが、日本人名は当て字しました。
どういうわけか、漢字圏の人名地名は全部日本語読みをカタカナに直して表記されているので、架空と私が判断した人物は勝手に漢字変換しました。あのカタカナは雰囲気のためなんだろうか、それとも、本当にイトー・ユキオやヨシハルがいたんだろうか。
さて、ストーリーは見てお分かりのとおり、荒唐無稽です。もっとも最初から荒唐無稽で、その前提を早い段階で読者が理解できるので、途中まで真面目風だった「ロスト・メモリーズ」より格段に面白いですが。
それに、この世界では彼の出生以外にも、いくつか変更点がありそうです。
たとえば頭山満ひきいる黒龍会アジア主義ではなく国粋主義に大幅に傾いた活動をしていますし(まず頭山自身が<円卓>の実質ナンバー2という重要な地位にいますし)、二巻ではデービッドが新聞社に就職して、その先で時々の要人たちと会話をすることになります。
しかし、伊藤博文韓国併合に反対した描写はあるのに、黒龍会がアジア各地の独立運動をつぶす側に回っているのはどうしたわけだろう。
まあ、そうしたわけで、突っ込みどころはあるのですが、笑って許せるレベルといえます。少なくともKaelemakule男爵よりは。
そういえば、日本関係の記事を書いたときにデービッドが創った筆名が「セイキノコ・サイカク」でしたが、下の名前は“世紀の子”として、上は才覚なのか西鶴なのか、少し気になります。

ネシャン・サーガ〈1〉ヨナタンと伝説の杖

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盗まれた記憶の博物館 (上)

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暁の円卓〈2〉情熱の歳月

暁の円卓〈2〉情熱の歳月