未来の話

もう、今回はホントに悟りましたね。
オタクの作家はすごい

サムサーラ・ジャンクション (ハヤカワ文庫SF)

サムサーラ・ジャンクション (ハヤカワ文庫SF)

ジョン・コートニー・グリムウッド著「サムサーラ・ジャンクション」。
題名を逐語訳すると、「合流点サムサーラ」。サムサーラとは作中に登場する施設の名前ですが、原題は「redRobe」。訳すると「赤い礼服」、すなわちカトリック枢機卿のことになります。
その名の通り、ローマ教会の枢機卿が物語の重要な人物になってきます。狂言回しというべきか。
いつもどおりストーリーはこちら。ただし興奮気味なので、冗長になっている可能性があります。

とあるスペインの売春宿。
世界が驚きに満ちているとはいえ、やり手婆の目の前では今、明らかに異常な現象が起きていた。草木も眠る深夜の二時に、なぜか修道会の神父が来店して、若い娘を全員見せろといい、しかもほぼ全ての娘たちにダメを出してゆくのだ。
結局、日系の血を色濃く受け継ぐ一人を選び出した彼は、分厚い財布を置いて店を後にする。その店が爆発炎上するまで、それから三分なかった。
ところかわって、メキシコ帝国の首都ダイ・エフェ。
不法居住者の一人であるアスクル・ボルハは、フリーの殺し屋。なのだが、実入りをそれだけに頼っていては昔のように赤貧チルドレンまっしぐらなので、今では身分表示を求めない飲食店でバイトなどしている。
さて、いつものようにAI拳銃を腰にぶち込み、なぜかやめられない逃走用の車選びでヤマハのAIバイクをチョイスして仕事を終えた。
が、そこで大誤算。
拳銃の言うことを聞かず、ターゲットの車の助手席に座っていた女も殺してしまった結果、そちらが標的であったとDFPD(市警本部)に誤認され、拘束されてしまったのだ。
それから流れ流れて引き出されたのは、メキシコの影の最高権力者、サント・ドゥケ枢機卿の御前。そこで彼は、汚れ仕事と即時死刑の二択を迫られる。
さて、先述の失敗でアスクルから引き離された拳銃、AIコルトは、さまざまな人々の手から手へ渡り、こちらも最終的に枢機卿のもとへたどり着く。
“彼”も結局、死刑から逃れる望みをかけたアスクルをアシストするために、周回軌道上のサムサーラへと向かうことになる。
三者三様のストーリーは、どこへ向かうのか。意図的にしろそうでないにしろ、舞台は地球上からサムサーラへ、いやおうなく移行してゆく。

修正完了。苦労して短くまとめました。
もうね、ネタ&突っこみどころ満載
何を例に挙げようかとても迷います。
まず、世界観について説明がとても必要になるでしょう。読んでいて“これ、いつの話だ?”と思ったことが一度や二度ではないので。
この「redRobe」は、同じ世界を下地にした四部作の第四作で、普仏戦争で史実と逆にプロイセン王国が敗れてしまった結果、フランス第二帝政が存続している二十二世紀が舞台(解説より)なんだそうです。
つまり、過去を描く仮想戦記や「歴史改変もの」に対する「改変未来もの」というわけですね。
さて、物語の第一の舞台たるメキシコに関して言えば、一八六四年にマクシミリアン一世がメキシコ皇帝に即位したまでは同じですが、六七年の民主化騒ぎで銃殺刑にならず、皇帝を選挙制にすることで落ち着いたようです。もっとも本分の描写では、歴代皇帝に立候補するのはいつも官選候補のようですが。
ちなみに物語の時点では、初代皇帝と同名の女帝マクシミリア・ハプスブルクが帝位についています。でもサント・ドゥケ(聖公の意)枢機卿がメキシコの全てを仕切っているようで。
ネタの話。
小ネタとしては、最初に登場するイエズス会のシルヴェスター神父が韓国系というのが印象的でした。
韓国にキリスト教人口が多いという事実と、ローマ教会と密接なつながりがある秘密結社ジェズィット教団的な側面のあるイエズス会のネタであると思われます。「ダ・ヴィンチ・コード」でもありましたが、イエズス会カトリック系修道会と陰謀の親和性は異常だと改めてわかりました。
そうそう、メキシコの帝都ダイ・エフェですが、これは現在のメキシコシティの正式名称「連邦地区(Distrito Federal)」の頭二文字ずつからきているのではないかと思われます。当のメキシコでは、北部出身者を中心に「D. F.(デ・エフェ)」と呼ばれているそうですが。

で、別のネタですが。
まず、冒頭の場面から順に、ある時点までに登場する企業名を挙げてみましょう。

日系企業率三割ってどうよ
一応解説いたしますと、ホンダ、ヤマハトヨタはいいとして、コルグヤマハ系の電子楽器メーカー。シュウ・ウエムラはたぶん、化粧品会社のシュウウエムラでしょう。
ちなみに、ザヌッシはイタリアの家電ブランド、アルマーニは言わずと知れたファッションブランド、フィアットはイタリアの企業グループ、コルトはアメリカの銃器メーカー。
ヴェルサーチはイタリアのファッションブランド、H&Kはドイツの銃器メーカー「ヘッケラー&コッホ」、BMWVWはどちらもドイツの自動車メーカー、順に「バイエルン自動車工場」と「フォルクスワーゲン」。
キャディラックアメリカのGM系自動車ブランド、シコルスキーは同じく航空機メーカー、ブローニングは同じく銃器メーカーです。
残りのHKS、スパイロ、ディオリッシマは外国企業化、それとも架空の企業でしょう。あー疲れた。
しかし、これだけにおさまりません。ネタの嵐は続く。例えば、主人公アクスルが眼球を奪われ、頭と手にソケットを取り付けられて悪態をつく場面に、こんな台詞があります。

まるで安っぽいテツオだ。

読んでいてリアルに吹きました。そのあと、「鉄雄か鉄男か、どっちだ」と独りで突っこみましたが。
そういえば、さりげなくこんな台詞も入ってましたね。

ボーイング社の一体誰が、身長二十五センチのグラマーで露出過多の妖精を配置し、客の求めに応じてワゴンを呼び寄せたり、紅茶やコーヒーを供したりできるようにするのがいいアイデアだと思ったのか、アクスルにはわからない。
だが指に感じるごく薄手の衣装と、しきりに手首を蹴ってくる妙に長すぎる脚から察するに、たぶんレトロ好みの日本人だろう。

二十二世紀においては、萌えアニメに登場する典型的女性キャラクターも、もはや完全に古典あつかいのようです。
他にもいろいろとアホな(褒め言葉)ネタや、私が元ネタを知らないだけで何らかへのオマージュではないかと思われるような描写がいくつか。
さらに、政治・宗教ネタまでがてんこ盛りに入っています。巨大宇宙ステーションたる大陸繋留索サムサーラがチベット仏教の新たな総本山であるばかりか、世界中の難民プールでもあるという設定にいたっては、どこまで本気か疑いたくなるというモノ。
まあ、私は国連(の実質的な上位機関である国際通貨基金ならび世界銀行)とローマ教会が世界を支配している、というその構図だけでもうお腹いっぱいですが。大フランス帝国が存続しているからこその未来像ですね。