無駄に設定が詳しいわけですが

そんな私がもっとも笑ったのは、随所に登場する東洋竜に関する記述。
基本的なことなのでネタバレしますが、このローレンスを選んだ子竜テメレアは、ロンドン王立協会員のエドワード・ハウ卿の見立てで「中国産インペリアル種」と推定されます。
このインペリアル種は中国大陸でとても価値の高い、ということは世界でも指折りの恐竜(文字通りの意味で)として有名。それだけでもローレンスは混乱しますが、さらに追い討ちがかかります。
ローレンスいわく、

ローマ人たちがヨーロッパの野生ドラゴンを飼い慣らす以前から、中国ではドラゴンの品種改良が行われていた。
その歴史は何千年にもわたり、彼らの知識や手法は門外不出とされ、二流種の成獣でさえ国外に出されることはめったになかった。(改行引用者)

そんなわけで、そんな大切なドラゴンの卵を中国(当時は清)当局が国外に出し、しかもたかだか三十六門型のフリゲート(軍艦としては小さい部類)に乗せて運んでいるとはどういうことか、という当然な疑問が彼に芽生えます。
当のテメレアは「火を噴ける?」などとはしゃぎますが、それに対するハウ卿の返事がこれ。

断定はできないが、君は火を噴かない種と見ていいだろう。
中国では知的で品格あるドラゴンが珍重されてきた。完全に制空権を掌握した国ゆえに、品種改良において火噴きのような攻撃能力は二の次にされた。
ただし、日本のドラゴンは、そんなオリエント種の中でも特殊な戦闘能力を持つ異質な存在です。(改行引用者)

つまり日本は中華文化圏からはずれていたということで、この辺も近代日本の現状と合致しているような。
ちなみにインペリアル種は「世界でも指折りの」血統ですが、文句なしに世界一の血統は「セレスチャル種」とよばれ、中国の歴代皇帝と皇室しか所有を許されず、各種能力は他の追随を許さない、幻の存在なのだそうです。インペリアル種と外見は似ていますが、かぎ爪が他とは違って一本多く、五本なのだとか。
まあ定説どおりです。
さて、その日本の竜にそなわる特殊能力というのが、伝説になって語り継がれています。ローレンスはハウ卿からそうした物語をまとめた本を譲られ、テメレアに読んで聞かせてやりました。
テメレアお気に入りの話は次のとおり。

(彼は)お気に入りの話だけ読んでくれと要求することもあった。
中国で最初に誕生したセレスチャル種で、漢王朝を興す助言を与えたと言われる“黄皇帝”の話。あるいは、フビライ・ハーンが放った艦隊を追い払ったという島国日本のドラゴン“ライデン”の話。
ナポレオンの大陸軍(グラン・ダルメ)がいつなんどき海峡を渡ってくるかもしれない脅威にさらされている島国である英国と重ねて見ているのか、テメレアは、日本の竜の話をとりわけ好んだ。(改行引用者)

知っているのか雷電を!?
それはともかく、だいたいの方はお分かりでしょう。
そう、原義としての“神風”です。
作中では音波砲、あるいは空気砲のような描写がされていますが、“黄皇帝”でニヤついていた私はここで大笑いしました。
黄皇帝については言うまでもありませんね。「ユンケル黄帝液」などに名前を拝借されている、伝説的な中国医学の祖「黄帝」に決まっています。

これらについては、分析したハウ卿の論文
「ヨーロッパのドラゴン目に関する記録及びオリエンタル種をめぐる小論」
の抄録が巻末に付されていますので、そちらもご参照ください。個人的には、日本の火竜は火ではなく酸を噴く、という解説に「そんな解釈もあるのか」と頷いた程度ですが、読み返すとえらい努力のあとが見えます。
ところで、題名の「His Majesty's Dragon」にもどりますと。
「Dragon」はもちろんテメレアのことでしょうが、果たしてこの「His Majesty」は、国王陛下なのか皇帝陛下なのか。
つまり、“どこの”君主のことをさすのか、可能性が色々でてきます。ふつうは皇帝の場合「His Imperial Majesty」となりますが、ナポレオンにしろ清の皇帝にしろ、イギリスが敬意を示すとは思えませんしね。安直に英国国王をさしているならそれで問題ないのですが、ここでもニヤニヤ。
ともかく、この本は一読の価値アリです。すでに本国では第五作が進行中らしいので、しばらく退屈することはないでしょう。
それにしても、担い手へのドラゴンの忠誠はどこでも共通なんだろうか。
ひとつぐらい、外れた作品があってもいいと思います。探してみようか。



ちなみに、この世界でも新皇帝ナポレオンの天才ぶりは際立っています。
ドラゴン戦隊まるごと使って英本土を空挺攻撃とか、何食ってれば思いつくんですか。ふつう、複数の竜で重爆撃あたりから入るもんでしょう、発想としては。