思いついたことを書かせていただきます

最近は天下のNHKでも「萌え」という単語を耳にするようになりましたが、私が「萌え」に関連するナニモノカと遭遇したとき、それはいわゆる獣人という形を取って現れておりました。
獣人といっても人狼だの黒猫に化ける魔女だのじゃなく、犬や猫など食肉目みたいな特徴のある耳や尻尾プラスアルファ(牙など)を備えた、言ってしまえば亜人のようなものです。獣耳(ネコミミ)といえば分かりやすかったか。
ちなみにそれは、その頃見ていた萌え要素などまったくないアニメに挟まれたCMに登場したのですが、まあそれはどうでもいい話。はれぶたがシュールで楽しかった事もどうでもいい話です。
しかし、今言った獣耳が、たかだか10年ぐらい前から萌え潮流に乗って出てきたと思っている人が結構いるようなのですが、それはどうかと思うのですよ。
などと勿体つけて書けば次のセリフはばれたも同然ですが、そんなことはないと考えます。
私は声を大にして言いたい。


獣耳の元祖は、H・G・ウェルズであると!

……誰だそれと思った人、ウソだろと思った人、いるでしょうから説明します。
ハーバート・ジョージ・ウェルズは、イギリスの小説家。ジューヌ・ヴェルヌとともに「SFの父」と呼ばれる。代表作に「タイムマシン」「モロー博士の島」「透明人間」「宇宙戦争」など。
ちなみにこの四作、全部映画になってますね。全部面白くないけど。
それで、改めて見てみるとかなり電波な上述のセリフ、嘘じゃないんですよこれが。
上に挙げた四作のうちのひとつ「モロー博士の島」がその作品です。
これだけでは何のことやらさっぱり分からないタイトル。簡単にストーリーをなぞると以下の様になります。

一八八七年二月一日、客船レディ・ベイン号が南太平洋上で消息を絶った。
その十八日後、英海軍の砲艦マートルが同船の大型救命ボートで漂流する七人の男女を救助し、この事故は悲惨な海難事故として、イギリス本国にも広く知られるようになった。
そして、事故から十一ヶ月と少しが過ぎた一八八八年一月五日。
レディ・ベイン号の乗客の一人で行方不明となっていたエドワード・プレンディックが、これまた行方不明の帆船イペカキュアナ号のものと思われるボートで漂流していたところをサンフランシスコ便の定期船に救助され、後にイギリスへの帰還を果たした。
しかし彼は救助されてから、この十一ヶ月間に経験したという奇妙な物語を話しつづけ、極限状態で錯乱したのではと疑われる。そのうちに彼も語らなくなり、記憶はすべて失ったと周りに言うようになった。
彼は結局社会に復帰できず、屋敷に閉じこもって雇い人に身の回りの世話をしてもらいながら学究生活を続け、平穏に生涯を終える。
しかし、彼の甥で遺産相続人のチャールズ・プレンディックが発見し世に出した彼の手稿には、あの空白の十一ヶ月に彼に降りかかった、恐るべき物語が綴られていた。


遭難したプレンディック氏は八日間の漂流の末、交易船のイペカキュアナ号に拾われた。
船にはなぜか多数の動物たちが載せられており、プレンディックを看病したモントゴメリーという男の管理下にあるらしい。彼は動物達を、ある島へ運ぶのだという。
無賃乗船の彼は船長に嫌われ、モントゴメリーと動物達が降りた島に取り残されてしまう。仕方がないのでその島においてもらうことにした彼の前に、島の主が現れた。
主の名はモロー。
プレンディックはその名を記憶から探り、とある生理学者を思い出す。
彼はすぐれた技術と弁舌の持ち主だったが、残酷な動物実験を行っている事が露見し、イギリスから追放された異端の学者だった。あれ以来行方不明だったが、こんなところで動物実験を続けていたのかと、妙に納得するプレンディック。
しかし、彼はまだこの島の正体、正確に言えばモロー博士の実験の内容を知らなかった。彼の禁断の研究は、既に完成に近づきつつあったのだ……。

SFの古典的名作で、オチを知っている方も多いと思いますが、一応以下ネタバレ。モロー博士の実験は動物の体を外科的に色々といじって人間もどきを作り出すためのものだった。ある日、動物人間の一部が血の味を覚え、それをきっかけに恐れていたモローへの反乱を起こす。モローとモントゴメリーが死んだ後、動物人間たちは次第にもとの動物へと戻ってゆく……というお話。
イギリスに戻ってからも、プレンディックは町を行く人を見てもいつか彼らが野獣に化けるのではと思えるようになり、そしてそう考える自分ですら動物の一種に過ぎないと恐怖にさらされます。それで田舎に引っ込み、静かに暮らすようになりました。
それで、読めば分かりますが、この話はダーウィンの進化論が鍵になっております。ウェルズはダーウィニストで有名なんだそうですが、モロー博士も、動物を人間に進化させる方法を探していたとも言えるかもしれません。
ちなみに同じく進化論が鍵になって生まれたのが黄禍論で、「モロー博士の島」にはその気も見受けられると言う話をどこかで読みました。劣等民族の黄色人種が白人世界を席巻し、文明社会が野蛮な力によって汚染されるのではないか、という被害妄想から生まれたこの歴史的ブラックジョークは、そのまま小説内部の世界にも通用する気がします。
個人的には、物語の最後でプレンディックが町行く英国市民を見て「実はみんな動物なんじゃないか」と怖がるシーンを見て、白人(人間)と黄色人種(動物)にどれだけの差があるものかと笑っていましたが。
マイケル・ジャクソンとか見てると、ねえ。


話がずれたな。

この「モロー博士の島」には、たくさんの“人間”たちが登場します。固有名詞で呼ばれる主要キャラはプレンディック、モロー、モントゴメリーの三人だけにしても、島の住人は六十余名ですから、結構な数かと。
その中でも一番素直で献身的な、モントゴメリーの召使いムリングこそが、元祖「獣耳」であると私は主張します。素体はクマ。
「モロー博士の島」が一八九六年に発表された事を考えると、獣耳は実に一世紀以上の時を経てサブカルチャーとして顕在化したことになります。
アプローチは全くもって違うけどね。


もっとも、耳以外の顔全面や体全てが獣化した「獣人」そのものは世界の民間伝承や神話にも多数登場しているので、これが元祖と言う事はできません。
いや、要するに萌えの対象以外でも獣と人が交じり合った存在は色々あるのだといいたかったんです、ハイ。
そういや、西洋ではキリスト教的価値観からか、こういう人間をつくろうとする試みは狂人の専売特許ですが、日本発の「萌え」は向こうでも受け入れられているのが面白いですね。
時代が変わったのか、単にみんな狂っただけなのか。